平湯街道を歩き、歴史探訪

 飛騨の中心地高山から東方の平湯へ通ずる主要道路は、かつて平湯街道と呼ばれ、丹生川地域内では小八賀川に沿って日当たりのよい右岸側と日陰の多い左岸側の両側に人馬の往来があったと言われています。
 8月18日、その右岸側の道筋を使った「平湯街道再発見」という催しがあり、参加希望者に國學院大學のゼミ学生、丹生川中学校の生徒有志も加わり、総勢44名が参加しました。
これは、町方から平湯までの道筋を実際に歩きながら郷土の歴史を知り、それを地域資源として生かそうと、まち協文化部が初めて企画したものです。この日は丹生川文化ホールから北方・法力・瓜田を経て根方の田上家(匠の館)までの約6.4キロを歩きました。
 里山から南へ人家、水田、河川と展開する小八賀川の河岸段丘を歩きながら、田中彰文化部長が集落の特徴や神社仏閣、民家の佇まい、城跡、石仏、川の水の有効利用などについて解説しました。ある参加者は「車での通過と違い、歩いてみて初めて見るもの感じるものがあり、とても新鮮でした。」と、話してくれました。
 その後文化ホールへ戻り、大学生や中学生を交えた意見交換会も行われました。首都圏出身の学生からは、「のどかな風景や人のつながりと温かさが魅力。移住も受け入れ、人が住み続けることが大切では。」などの意見もありました。
 まち協文化部では、あと二年かけて平湯までを歩き、地域資源のデジタルアーカイブの制作や情報発信につなげたいと考えています。

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